小林 新司さん

リネンの達人

 もともと群内織物は、「甲斐絹」と呼ばれていた織物で、江戸時代に大変高価なものとして取り扱われていました。しかし、化学繊維の登場や洋装への転換のため、昭和初期に衰退してしまいました。そのため、織物業者は様々な模索をしながら背広の裏地やネクタイを作るようになりました。当時は、うちの店も傘の生地や座布団の生地を作っていました。その後は、親父の代になって背広の裏地やネクタイに移行し、私の代になってからはリネンやコットンへと転換しました。製品としてリネンという分野に進出したのは、富士吉田では私がはじめてですね。

 この地域はOEM生産が中心でしたが、グローバル化が加速してから、仕事は人件費の安い海外に流れることが多くなりました。これは、私たちにとっては大きな不安要素になっちゃうんですよね。今は仕事があるけど、もしかしたら来年は仕事がないかもみたいな。で、結局仕事を貰うためにはちょっとでも安くしなければって思うようになるんですけど、そうするとせっかく物作りしていても価格だけの勝負になってしまうので、思い切ってリネンに切り替え、販売方法も変更することにしました。自分たちで商品を完成させ、直接小売店に販売するような形態をとったんです。正直、売上金額だけならOEMの時のほうが良かったですが、利益率はかなりアップしました。

 最近、造形大学の学生と連携したり「ハタオリトラベル」という企画に参加するようになったので、以前よりも注目される機会が増えています。また「ハタオリトラベル」に参加するようになってから、消費者や小売業者に自分たちの商品を直接聞くことが可能になりました。そこで得た生の声は、私たちのモノづくりにフィードバッグさせるためのいい材料になります。自分の店単独では都内に出店するということは難しいですが、この企画を通していろんなことができるようになりました。今後も継続していろんなことを吸収していきたいと思います。最近、この活動のPR効果で、富士吉田に住んで働きたいという女性が出てきています。少しですが、地域に貢献できているかなと感じました。

 うどん部さんへのアドバイスとしては、高校生なのであまり背延びしすぎないほうがいいかなという気がします。やり過ぎると、ちょっと違うっていう違和感があるかもしれないので、等身大の高校生そのままのスタイルで活動するとか、情報を発信するほうが沢山の人から共感を持ってもらえるのではないかとおもいます。